人生、都合良くやり直しは効きませんが、再開発なら可能でしょうか?

再開発は進んでいるか? 〜無職再生工場の跡地〜 
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担当(BlogPet)

2010/02/08 08:25|無職な日々TB:0CM:0
きょうは落人と担当したの?

*このエントリは、ブログペットの「亀吉」が書きました。

【2007年夏〜2009年年初】ブランク期間に感じたこと(このブログの最後にかえて)(BlogPet)

2010/01/10 11:23|無職な日々TB:0CM:1
落人の「【2007年夏〜2009年年初】ブランク期間に感じたこと(このブログの最後にかえて)」のまねしてかいてみるね

長いブランクとおもうの後半、僕が、ありのままを喜んでいる、宗教とか、以前父は先輩や友人なら最高ですから。
結局、気付きました頃です♪
ヤクルトレディーでいる人で行動できた動きも少しは「仕事をしていないからできる」ということも僕がままならない状態は何らかのがいます(見つかってましたと思いでいる、一般的負担も悪く、同じように終わりましたが何か。
空白というの家計を締めたいと再会を覚えてくれたほうがいました職場の人だってかまわないでしょうと思いでは既に亡くなってフラフラします(祖父は嫁様でしたとするといいながらも悪く、恥ずかしがらず、急に何かとすると思うの家計を支えてから、そういう部分でくれました頃です。

*このエントリは、ブログペットの「亀吉」が書きました。

【2007年夏〜2009年年初】ブランク期間に感じたこと(このブログの最後にかえて)

2009/12/31 12:45|無職な日々TB:0CM:0
長い長いブランク期間。
会社を辞めて1ヶ月は、体調も悪く、殆ど療養に充ててましたが、
それでも時々散歩なんかに出かけました。
そのときは、平日の昼間に出歩けることの幸せを感じました。

自分が何にも属さない、ということの不安定な感覚を覚えたのは、会社を辞めて2ヶ月くらい経った頃です。
相当な期間を休養しようと決めてたのですが、急に、不安な気持ちになったのを覚えています。

会社を辞める一因を作った「父の介護」ですが、父は脳梗塞の後、他に様々な病気、怪我をしました。
普通の生活がままならない状態で、見た目にも急速に衰えていき、また金銭的負担も相当なものになりました。

親戚、祖母(祖父は既に亡くなってました)、以前父がいた職場の人…色んな人に頭を下げて、協力していただきましたが、僕自身が疲れてしまい、また精神的に不安定になり、自暴自棄な暮らしをしていました。我が家の家計を支えていたのは嫁様でしたが、よくガマンして頑張ってくれたと思います。

僕自身、約2年に及ぶブランク期間でしたことと言えば、一般的な家事くらいで、後は殆ど「遊び」でした。
生活は乱れてましたし、再就職にむけた動きも、ブランク期間の後半、2008年の9月くらいから、切羽詰まってようやく始めたのです。

本当に、非生産的な生活でした。
自分の存在意義が見つからず、何事も投げやりになり、金銭苦も手伝い、家を出てフラフラしましたし、自殺を何度も考え、実際に行動に移したこともあります(見つかって、未遂に終わりましたが)。

実際に、本気で行動できたのは、嫁様が派遣切りにあってからです。
ものすごいパワーが出てきたのを覚えています。
つまりは「生きていかなくてはならない」という本能的なものが出た気がします。
結局、僕のように甘えた人間は、極限まで追い詰められないと行動しないのです。





こうやって今思うと、とにかくブランク期間に「社会とのつながりを絶たない」ということが大切だと思うのです。
それは、インターネットとかでない、本当の顔、声を介したつながりです。
インターネットが実社会ではない、ということではありません。しかし、ネットでは実体が見えないことの弊害が大きいように思えます。おそらく人は、自分が思うよりずっと、実際に肌で感じたことのほうが信じられるはずですから。

たとえば誰かと話すときは、必要以上のことは言わずとも、ありのままを話す、恥ずかしがらず…
一度何かを繕おうとすると、またそれを守るために、無駄なパワー、心労がいります。
そして、そういう状態は、いつか綻びます。
自分の場合は、それで一度失敗して、気付きました。

リアルな社会とのつながりを持ったとき、そこには何らかのチカラが働くと思うのです。
約束だったり、見栄だったり、羞恥心だったり…
何でもいいのとおもうのですが、行動する理由・動機付けが生まれる環境を維持することです。
そうでないと、自己を律する意味なんてなくなるはずです。

社会とのつながり、は先輩や友人なら最高ですが、たとえば図書館の受付の人だってかまわないと思うのです。
毎日買い物にいく八百屋さんのご主人でも。ヤクルトレディーでも、マンションの管理人でも。

僕が偉そうに何かをいえる立場には無いのですが、ちょっとしたキッカケで人生は好転することが多々あります。
今、多くの人が求めているのは、そういったキッカケじゃないでしょうか。
恐らく、そういうものは、実社会の中が一番見つけやすい。
自宅の天井を眺めて得られるものは、宗教とか、悟りの世界のような気がします。



今年、多くの人と再会を果しました。
そのとき、一番思ったのは「不義理」をした自分への後悔でした。
殆どの人が、再会を喜んでくれましたし、少なくとも表面上は、誰も僕を責めなかったことに驚きもしました。
だからこそ、後悔したのです。
ブランク期間、という表現は当然ながら、履歴書上の話だけです。
ブランクといいながらも、その人は生活を続け、人生が途切れたわけではないですから。
だからこそ、実際に「空白」をつくってしまうのは避けたほうがいい。
空白というのは、別に「仕事をしていないからできる」というものではないと思います。




長くなり、最後はグダグダになりましたが、これでこのブログを締めたいと思います。
個人的には、来年は挑戦の年になりそうです。
色んな思いがありますが、頑張れなんて言葉ではなく、同じような思いでいる人が他にいる、ということが分かることがブログの価値だと思いますし、そういう部分でこのブログも少しは意味があればうれしいです。
それでは、皆さん、よいお年を。

勧めとか終了した(BlogPet)

2009/12/27 08:25|無職な日々TB:0CM:0
きょう亀吉は、勧めとか終了した?

*このエントリは、ブログペットの「亀吉」が書きました。

【2007年春〜】 職を失った経緯

2009/12/21 09:00|無職な日々TB:0CM:0
僕が職を失ったのは2007年春のことでした。
仕事は、流通業界での店舗マネージメントでした。
店舗全般のマネージメントは、文字通り、店舗運営全般の管理を行う仕事です。
売上・利益を伸ばすことが第一義とされ、そのために、それぞれの部署の選任担当者に対し働きかけ、店舗全体をコントロールする役割です。その仕事を担当している中では、年齢的に最も若い世代に入っていたと思います。

平均的な勤務時間は朝8時〜夜2時まで。
睡眠時間は平均3〜4時間。
何より体力的に辛く、自宅に帰れない日が週に1〜2度は確実にありました。
休みは日曜でしたが、これも連絡があれば24時間対応するといった感じで、実質月に2〜3日程度のお休みでした。


この程度なら…と思われる方もいらっしゃるでしょう。実際、僕より忙しい人は世の中に数多くいます。
僕も辛かったですが、何とか2年程度は頑張ってこなせていました。
幸いにも、仕事の成果は出ていましたので、忙しさと充実感のバランスが取れていた気がします。
とにかく結果が第一の会社でしたから、単純に成績が良かったのは気持ちの良いものでした。

ところが、父親が脳梗塞で倒れ、生活は一変しました。
離婚していた母親も、僕を心配して、何かと協力してくれましたが、病院への往復、退院後の通院・介護などに時間を費やすようになり、次第に仕事にも支障をきたすようになり、時には、自腹でノルマを達成するようなこともありました。
(ノルマに追われないことで、仕事上の負担を軽くしたかったのが理由です)

こんな生活ですから次第に経済的・肉体的に辛くなり、とある社内イベント終了後、めまいと頭痛、耳鳴りで出社できなくなりました。ここで内科医からの勧めで心療内科にもかかり、とにかく休みなさいということで、欠勤ではなく休職という形に変更させてもらい、療養に入りました。

しかし、僕が退職すれば自身の査定に響く上司から、すぐさま度重なる「説得」が続きました。
時には同僚を従えて、早朝に僕の家の前でウロついていることもありました。
(外出するタイミングを狙って、直接説得するためです。)
最後は社則で認められている半年の休職期間を半分以上残し、復職か退職の二択を迫られ、心折れ、退職に至りました。結果、3ヶ月は自宅で静養する生活が続きました。

結局僕には、こういったハードワークが出来ないことが身に染みてわかりました。
単純に、能力と体力が足りないのです。
あのまま順調に成績が出ていたとしても、いつか頭打ちになったときに、挫折していたと思います。
頑張れたとしても、成績が出るまで無理に無理を重ねて体が壊れるか精神が参るかのどちらかだったでしょう。


そんなこんなで、僕が会社を辞めたのは2007年春。
そこから、長い長いブランク期間が始まるのです。

いつまで続くかな?

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プロフィール

落人

Author:落人
出身:大阪(現住所同じ)
生年月日:昭和5○年生まれの30代。
嫁(派遣事務社員・大学の同級生)と二人暮らし。資格は運転免許だけ、経歴・外見・知力…オール低レベルと文句なし。
 
【略歴】
某国立大農学部中退後、大阪のとある私大経済学部卒。
在学中はアミューズメント関連施設のチーフ職として、殆どを働いて過ごす(大学では単位取得と特定講義のみに全力を注ぐ)。
 
卒業後、OA関連営業職を1年経験、その後流通業界へ転職し、複数店舗の運営管理・従業員指導・企画などを担当。業界独特の長時間・不規則勤務と、父親の介護が重なり過労で倒れる。
 
退職後、静養を経て自暴自棄になり 遊び人→主夫(引きこもり) へと成り果て、ブランク期間は気づけば1年以上。金銭的にも、精神的にも限界に達し、一念発起して08年9月より再就職活動開始。09年1月に、全く未経験の教育業界(塾経営)から内定を頂き、09年3月に再就職。
 
このブログは、そんな男の再就職までの道のりと、日々の戯言を記録。そして……
09年3月以降は、元引きこもり目線で、まぶしい世の中の様子、会社での出来事、嫁様との暮らしぶりを綴っていく、どうでもいいブログです。

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